東京高等裁判所 平成4年(行ケ)10号 判決 1993年5月06日
アメリカ合衆国ニュージャージー州07960モーリス・タウンシップ、
コロンビア・ロード・アンド・パーク・アベニュー
原告
アライド・コーポレーション
同代表者
ケビン・エム・サリスベリー
同訴訟代理人弁護士
大場正成
同
尾﨑英男
同
嶋末和秀
同弁理士
社本一夫
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 麻生渡
同指定代理人
細谷博
同
田中靖紘
同
長澤正夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者双方の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が平成1年審判第20507号事件について平成3年8月22日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和57年8月10日、名称を「非晶質の盗難防止用標識」とする発明(以下「本願発明」という。)について、1981年8月13日にしたアメリカ合衆国への特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和57年特許願第139100号)したところ、平成元年8月18日拒絶査定を受けたので、同年12月18日査定不服の審判を請求し、平成1年審判第20507号事件として審理された結果、平成3年8月22日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年9月25日原告に送達された。なお、原告のため出訴期間として90日が附加された。
2 本願発明の特許請求第一項記載の発明(以下「本願第一発明」という。)の要旨
調査域に印加される入射磁界と調和的関係にありかつ標識に同定信号を付与する選択された調(tone)を有する周波数の磁界を発生するように作られた磁気的検出システム用の標識であって、該標識は、長く、延性の、少なくとも35原子%の鉄又はコバルトを含む組成をもつ非晶質の強磁性材料のストリップからなるものであって、曲げる前には与えられた大きさの調和信号をもち、直系5mmのマンドレルの周りにらせん状に巻き付けその後初めの形状に戻した後には与えられた大きさの信号の少なくとも90%を維持するものである磁気検出システム用の標識
(別紙図面第一参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願第一発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) これに対し、昭和55年特許出願公開第143695号公報(以下「引用例」という。)には、「調査域に印加される入射磁界と調和的関係にありかつ標識に同定信号を付与する選択された調(tone)を有する周波数の磁界を発生するように作られた磁気的検出システム用の標識であって、該標識は、長く、延性の、少なくとも35原子%の鉄又はコバルトを含む組成をもつ非晶質の強磁性材料のストリップからなるものであって、たわまされたりあるいは曲げられた後でも信号の同一性を確保できる磁気検出システム用の標識」が記載されているものと認める。
(3) 本願第一発明と、引用例記載の発明とを対比すると、両者は、引用例記載の「磁気検出システム用の標識」において一致し、標識の変形と信号の同一性の関連において相違する。
(4) 上記相違点につき、以下、検討する。
本願第一発明は、標識の変形と信号の同一性の関連において、「標識は、曲げる前には与えられた大きさの調和信号をもち、直径5mmのマンドレルの周りにらせん状に巻き付けその後初めの形状に戻した後には与えられた大きさの信号の少なくとも90%を維持するものである」としているのに対し、引用例記載の発明は、このような具体的数値が記載されていない。
しかしながら、引用例第Ⅰ表(4頁左上欄)開示の強磁性非晶質体標識組成物は、本願第一発明(本願明細書14頁)と同一であり、また、引用例には、「本発明に係る強磁性非晶質標識は著しく延性である。ここに“延性である”とは、ストリップ18を破壊することなく、ホイル厚さの10倍程度の小さな半径にまで丸く曲げることができることを意味する。そのように標識を曲げても、探索用の磁界をかけたときに、標識から発生する磁気高調波はほとんどあるいは全く劣化を受けない。その結果、本発明による標識は、(中略)システム10の裏をかくために信号を破壊しようとするときに、たわませられたり曲げられたりするにもかかわらず、信号の同一性を確保している。」(5頁右下欄3行ないし20行)との記載が認められ、そして、標識に変形を加えられても、探索用の磁界をかけたとき、標識から発生する磁性高調波が劣化を受けないようにするためには、<1>標識に加えられる変形の許容度合、<2>トランスミッター、受信機の性能、<3>システム運用上の経済性を考慮して標識を作成しなければならないことは、当業者のよく心得るところであるので、引用例記載の「磁気検出システム用の標識」においても、直径5mmのマンドレルの周りにらせん状に巻き付けその後初めの形状に戻した後には当初与えられた信号の少なくとも90%を維持するものであるようにすることは、容易に考えられることと認められ、かつ、得られる作用効果も引用例記載の発明に比べ格別なものを見出しえない。
(5) したがって、本願第一発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
4 審決を取り消すべき事由
引用例に審決認定の各技術内容が記載されていること、本願第一発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであること、標識から発生する磁性高調波が劣化を受けないようにするために当業者の間に審決認定のとおりの事項が周知であることは認めるが、審決は、本願第一発明と引用例記載の発明との相違点を看過し、また、作用効果の顕著な差異を看過した結果、本願第一発明は引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるとの誤った判断を導いた違法があるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(相違点の看過)
本願第一発明と引用例記載の発明との性質の相違点は、<1>応力に対し、本願第一発明の標識は調和信号の初めの大きさの90%以上を維持するのに対し、引用例記載の発明は「信号の同一性を確保」するにすぎないこと、及び<2>本願第一発明の標識が曲げと捩りを同時に加えた複合力に対する性質を有するのに対し、引用例記載の発明は単なる曲げ応力に対する性質を有するものであること、これらの点にある。
ところが、審決はこれらの相違点を認定せず、単に具体的数値の記載の有無のみが相違点であるとする誤りを犯している。
なお、引用例には、審決が摘示する「標識を曲げても、探索用の磁界をかけたときに、標識から発生する磁気高調波はほとんどあるいは全く劣化を受けない。」との記載があるが、この記載は、引用例記載の発明の標識が曲げ応力を加えられた後も信号の同一性を保持するという事実を記述したものにすぎないし、また、引用例全体に本願明細書表Ⅲのような曲げ応力に対する数値的データの開示がなく、実施例の効果の記載(6頁右下欄)でも、曲げる前と後における活性化警報の有無が開示されているにすぎず、引用例の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を通じて、引用例には一貫して「信号の同一性を確保」することが表現されているだけであるから、引用例に本願第一発明の「90%以上を維持」というような信号強度の絶対値の実質的維持が開示されていると理解することはできない。
(2) 取消事由2(作用効果の顕著な差異の看過)
盗難防止システムでは標識が折り曲げられることによって調和信号を発生する能力が消失したのでは盗難防止の目的を達することができないから、標識を曲げた後でも標識の発生する信号が実質的に減衰しないということが極めて重要なことである。
本願第一発明には、振りを含む曲げ応力に対し絶対値において高調波信号を維持できる作用効果があり、実際に盗難防止システムの不動作や誤動作を防ぐうえで役立ち、引用例記載の発明との作用効果の差異は顕著である。本願第一発明の標識のように複雑な応力にさらされた後でも絶対値において90%以上の信号強度が維持されることが保証されていれば、例えば元の信号の80%の強度に相当する強度の信号が入って来てもそれをノイズと判断して警報装置を動作させないようすることができる。つまり、本願第一発明では、実質的に信号劣化がないから、正常な動作が保証され、万が一にも誤って警報が鳴る事態を防ぐことができる。
引用例に、標識が曲げられた後にも調和信号が発生し信号の同一性が保持されることは開示されているが、引用例には折り曲げられた後でも調和信号が実質的に減衰しないという本願第一発明の作用効果は記載されていない。この作用効果は本願第一発明によって開示されるまで当業者は誰も知らなかったことで、それ自体新規であり、当業者に容易に推考できることではない。
審決には、このような本願第一発明の重要な作用効果を認識しなかった誤りがある。
第3 請求の原因の認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の審決の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法は存在しない。
(1) 取消事由1について
引用例には、「本発明による標識は、(1)製造時(例えば、切断、打抜き、あるいはその他の手段でストリップ18を所望の長さおよび形状に成形するとき)、および、所望によりオン/オフ標識とするために硬質磁気チップを付けるとき、(2)商品19に標識16を取り付けるとき、(3)従業員および顧客によって品物19が取扱われるとき、および、(4)システム10の裏をかくために信号を破壊しようとするときに、たわませられたり曲げられたりするにもかかわらず、信号の同一性を確保している。」(5頁右下欄10ないし20行)との記載があり、引用例記載の発明における標識もさまざまな応力が加えられたときの信号を確保するものであり、本願第一発明との間に差異はない。
(2) 取消事由2について
本願第一発明と引用例記載の発明とは、標識組成物が同一であり、作用効果においても、標識に応力が加えられた場合信号の同一性を確保する点で共通している。また、本願第一発明の信号劣化のない標識を提供するという技術的課題(目的)からすれば、「90%以上の信号強度の維持」という点において、引用例記載の発明の標識と比べて格別な作用効果を見出すことができない。
第4 証拠関係
本件記録中の証拠目録の記載を引用する(後記理由中において引用する書証はいずれも成立に争いがない。)。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願第一発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 甲第2号証の1、3によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
(1) 本願発明は、盗難防止システム及びそこで使用される標識(marker)に関するもので、更に詳細には、盗難防止システムの感度及び信頼性を高める延性、非晶質の金属標識を提供する(本願公報2頁右下欄1行ないし5行)。
盗難検出システムに係る主要問題の一つは、標識信号の劣化を防止することが困難なことである。標識が破損されたり折り曲げられると、信号が出なくなるかその同定特性を損ずる程度まで変化する。かかる標識の折曲げ又は破損は、標識の製造時並びにそれに続く使用人及び客による商品の取扱時に不注意によって起こりうるものであり、あるいは物品を盗まんとする際意図的になされるものである。本願発明は、上記諸問題を克服すること(同2頁右下欄15行ないし3頁左上欄5行)を技術的課題(目的)とするものである。
(2) 本願第一発明は、上記技術的課題を解決するために前記本願第一発明の要旨記載の構成(平成2年1月17日付手続補正書2枚目2行ないし13行)を採用した。
(3) 本願第一発明は、前記構成により、非晶質強磁性標識が極めて延性に富み、その結果、標識が(1)製造時に(例えば切断、打刻その他の成形法で帯板18を所望の長さ及び形状となす際)、また場合によりオン/オフ標識を製造するためそれに硬い磁気チップを貼り付ける際に、(2)保護物品19に標識16を貼り付ける際に、(3)使用人及び客が該物品19を取り扱う際、及び(4)システム10を欺くべく信号を破壊せんとする試みの際に、折り曲げられたとしてもその同定信号を保持し、低磁界の使用を可能とし、誤警報を無くし、システム10の検出信頼性を改善する(本願公報6頁左下欄11行ないし右下欄18頁行)という作用効果を奏するものである。
3 引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本願第一発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであること、標識から発生する磁性高調波が劣化を受けないようにするために当業者の間に審決認定のとおりの事項が周知であることは、当事者間に争いがない。
4 取消事由1の<1>の主張について
(1) 引用例記載の発明の標識が、「調査域に印加される入射磁界と調和的関係にありかつ標識に同定信号を付与する選択された調(tone)を有する周波数の磁界を発生するように作られた磁気的検出システム用の標識であって、該標識は、長く、延性の少なくとも35原子%の鉄又はコバルトを含む組成をもつ非晶質の強磁性材料のストリップからなるものであって、たわまされたりあるいは曲げられた後でも信号の同一性を確保できる磁気検出システム用の標識」であること、引用例にはこの標識について、「本発明に係る強磁性非晶質標識は著しく延性である。ここに“延性である”とは、ストリップ18を破壊することなく、ホイル厚さの10倍程度の小さな半径にまで丸く曲げることができることを意味する。そのように標識を曲げても、探索用の磁界をかけたときに、標識から発生する磁気高調波はほとんどあるいは全く劣化を受けない。その結果、本発明による標識は、(中略)システム10の裏をかくために信号を破壊しようとするときに、たわませられたり曲げられたりするにもかかわらず、信号の同一性を確保している。」(5頁右下欄3行ないし20行)との記載があることは、当事者間に争いがない。
(2) 甲第3号証によれば、引用例は特許出願公開公報であり(別紙図面第二参照)、引用例には、引用例記載の発明の技術的課題について、「本発明は盗難防止システムおよびそれに使用する標識(中略)に関する。特に、本発明は、盗難防止システムの感度および信頼性を向上させる、延性のある非晶質金属製標識を提供する。」(2頁右上欄6行ないし10行)及び「このような盗難検出システムつまり盗難防止システムにみられる主な問題点の1つは、標識からの信号の劣化を防止することが難かしいことである。標識が壊われたりあるいは曲げられたならば、そのときの標識からの信号は消失してしまうかあるいはその同一性を示す特性を害するまで変化してしまうことがある。標識のこのような曲げおよび破壊は、標識の製造過程で、および引き続いてみられる従業員および顧客による商品取扱いの過程でたまたま起こるか、あるいは品物を盗もうとして故意に行われる。本発明は以上のような問題の解決を図るものである。」(2頁左下欄2行ないし13行)との記載があり、また、引用例記載の発明の作用効果について、「この標識は、たわまされたときでもつまり曲げられたときでも信号の同一性を確保している。そのため、本発明に係る盗難防止システムは、標識をたわませたり曲げたりすることによって信号の劣化が生じるようなシステムと比較して、その動作の信頼性が高い。」(2頁右下欄14行ないし19行)との記載があることが認められる。
(3) 上記(1)及び(2)の各事実によれば、引用例記載の発明の「信号の同一性を確保する」性質とは、取扱時の不注意又は盗みを意図した故意等により、たわみや曲げ等の変形を受けた後でも、少なくとも盗難防止システム(磁気的検出システム)に要請される検出動作の信頼性を損なうような発生信号(磁気高調波)の劣化を生じない性質をいうものであることが明らかである。
ところで、上記(1)及び(2)の各事実によれば、引用例記載の発明の標識は、非晶質の強磁性材料からなるものであるが、甲第3号証によれば、引用例にはそのことの技術的意義に関し、「強磁性の非晶質材料は著しく大きな振動領域(比較的低い磁界から飽和に近づくより高い磁界)にわたって非線型の磁化応答をする。強磁性非晶質材料の有する非線型磁化応答を示すさらに追加の振幅領域は、標識16によって発生させられた高調波の大きさ、つまりその信号強度を増大させる。このような特徴のためより低い磁界の使用ができ、偽の警報がなるのをなくし、そしてシステム10の盗難検出の信頼性を高める。」(6頁左上欄7行ないし16行)との記載があることを認定することができ、この認定事実によれば、引用例記載の発明が対象とする盗難防止システム(磁気的検出システム)においてその検出動作の信頼性は、標識から発生される信号(磁気高調波)の強度に依存し、信号強度が大きいほど検出動作の信頼性が高いことが認められる。
(4) 以上の検討を前提として、引用例記載の発明における標識の上記の「盗難防止システムの信頼性を損なうような発生信号の劣化を生じない性質」について判断するに、まず、発生信号の劣化とは発生信号の強度の劣化であることが明らかにされている。また、この劣化がどの程度まで許容されるか証拠上明らかでないけれども、少なくとも盗難防止システムの検出動作の信頼性が発生信号の強度に依存するものである以上、その信頼性を維持するうえで信号強度の劣化ができるだけ少ない方がよいことは自明であるから、これを満たすような性質は、引用例記載の発明の標識に所要の性質として当然に予定されているものというべきである。
現に引用例には、前記(1)のとおり、引用例記載の発明の標識について、「標識を曲げても、探索用の磁界をかけたときに、標識から発生する磁性高調波はほとんどあるいは全く劣化を受けない。」との記載があり、この記載は、引用例記載の発明の標識が上述の性質、すなわち変形後の発生信号の強度の劣化をできるだけ少なくした性質を有することを述べているということができる。
(5) これに対し、前記2の認定事実によれば、本願発明の標識の「調和信号の初めの大きさの90%以上を維持する」との性質は、変形を受けた後の発生調和信号(磁気高調波)の強度の劣化をできるだけ少なくし、調和信号強度に依存する盗難防止システム(磁気的検出システム)の検出動作の信頼性を維持しうるようにした性質をいうものであることが、明らかである。
(6) したがって、引用例記載の発明の標識の「信号の同一性を確保する」との性質と、本願発明の標識の「調和信号の初めの大きさの90%以上を維持する」との性質は、実質的には、いずれも変形後の発生信号強度の劣化をできるだけ少なくしたもの(変形後でも初めの信号の大きさと比較して極めて高い信号の大きさを保持する性質)であるということができ、許容される劣化程度の下限に関する具体的数値の有無を別にすれば(審決は、この具体的数値の有無を相違点として認定している。)、両者の間に原告が主張するように実質的差異があるとは認められないといわなければならない。
(7) なお、原告が取消事由1のなお書きにおいて主張する点に関して触れておくと、引用例記載の標識の「信号の同一性を確保する」との性質が、その標識の企図する技術的課題、磁性材料として特に非晶質強磁性材料を採用したことの技術的意義等に関する引用例の記載を対照すれば、変形(曲げ応力)が加えられた後でも発生信号強度(その絶対値)を実質的に維持する点で、引用例記載の発明の標識と本願発明の標識の性質との間に差があるとは認められないことは、前記のとおりであり、引用例記載の発明の標識の性質が引用例にこと細かに明示されていないからといって、引用例の当該記載を敢えて原告主張のように限定的に解釈すべき合理的な理由はないから、この点に関する原告の主張も、失当というほかはない。
5 取消事由1の<2>の主張について
(1) 前記2における認定事実によれば、本願発明の要旨中には、「直径5mmのマンドレルの周りにらせん状に巻き付け」との本願発明の標識を規定する記載があることが認められ、本願発明の標識は曲げと捩りに対する複合力を有するということができる。
しかしながら、前記2における認定事実によれば、また、一般に盗難防止システムで用いられる標識は、その製造時若しくは商品取扱時の不注意により又は商品を盗もうとする意図により、発生信号の劣化の原因となる破損、折曲げが起こりうるものであること、本願発明の標識は、本願発明の要旨記載の構成を採用することによって、上記破損又は折曲げが生じてもその発生信号が実質的に劣化しない作用効果を奏するようにしたものであることが明らかであり、一般に、盗難防止システム標識に加えられる折曲げの態様は、定型的なものでなく、曲げや捩りが同時に加えられ複雑な態様を呈することは自明であることをも考え合わせると、本願発明の標識に加えられる応力は、盗難防止システム用標識で普通に予定される一般的変形態様により生ずる応力の域を出ないといわざるをえない。
(2) これに対し、引用例記載の発明の標識についてみると、前記4の(1)及び(2)の各事実によれば、引用例記載の発明も、本願発明と同様、一般に盗難防止システムで用いられる標識が、その製造時若しくは商品取扱時の不注意により、又は商品を盗もうとする意図によって、発生信号の劣化の原因となる破損又は折曲げを受けるものであることを前提として、その問題点を解決することを技術的課題とするものであることが認められ、また、甲第3号証によれば、引用例には、「本発明による標識は、(1)製造時(例えば、切断、打抜き、あるいはその他の手段でストリップ18を所望の長さおよび形状に成形するとき)、および、所望によりオン/オフ標識とするために硬質磁気チップを付けるとき、(2)商品19に標識16を取り付けるとき、(3)従業員および顧客によって品物19が取扱われるとき、および、(4)システム10の裏をかくために信号を破壊しようとするときに、たわませられたり曲げられたりするにもかかわらず、信号の同一性を確保している。」(5頁右下欄10行ないし20行)との記載があることが認められ、これらの認定事実によれば、引用例記載の発明の標識により得られる作用効果も、本願発明の標識と同様、上記のような盗難防止システム用標識における一般的原因による折曲げが生じても、その発生信号が実質的に劣化しないという点にあるというべきである。
したがって、引用例記載の発明の標識に加えられる応力が本願発明の標識に加えられる上記の応力と特に異なったものであるということはできない。
(3) 原告の主張は、引用例記載の発明の標識に加えられる応力は、単なる曲げ応力であることを前提として、本願発明の標識に加えられる複合応力との差異をいうものであると理解することができ、確かに、甲第3号証によれば、引用例記載の発明においては、文言上、標識の変形態様がもっぱら「たわみ」又は「曲げ」と表現され、特に標識に加えられる応力が曲げと捩りを同時に加える複合応力であることについての明示的な記載はないことが認められるが、引用例記載の発明の標識の企図する技術的課題及びその作用効果と対照すると、前記のとおり、その標識に加えられる応力が本願発明の標識に加えられる応力と同様の複合応力であるというほかはないのであるから、原告の主張は、前提において失当といわなければならない。
6 前記4及び5における検討の結果によれば、本願発明の標識と引用例記載の発明の標識とは、いずれも曲げと振りを同時に加えた複合応力に対し、発生信号の大きさ(信号強度)を実質的に維持する性質のものである点で差はないということができ、この点に関し、審決が看過した相違点はないというべきである。
7 取消事由2の主張について
原告は、本願発明の標識の性質が引用例記載の発明の標識とは実質的に異なるものであることを前提として、本願発明の標識の作用効果の顕著性を主張するが、本願発明の標識が引用例記載の発明の標識と性質を異にするものといえないことは、前記4ないし6において説示したとおりであるから、原告の主張は理由がなく、この点についての審決の認定判断に誤りはない。
8 よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)
別紙図面第一
<省略>
<省略>
別紙図面第二
<省略>